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塩金交易の中継地として栄えたアイト・ベン・ハッドゥ

モロッコ旅の達人 岩間ひかるです。

モロッコには9つの世界遺産があります。

フェズの旧市街、マラケシュの旧市街、など、
捉え所なく広い空間が世界遺産に指定されている場所が多いなかで、
把握できるくらいの大きさでかつ出立ちがカッコいいのが

アイト・ベン・ハッドゥの集落(Ait Ben Haddou)

手前には川、背景にはアトラス山脈。
見るからに要塞の出立ち。

ここは『アラビアのロレンス』『グラディエーター』など
多くの映画やミュージックビデオの撮影場所になっています。

アイト・ベン・ハッドゥの成り立ち

この要塞の村が建設されたのは、11世紀に遡ります。
1056年にマラケシュに都を築き、ムラービト朝を興した
ムラービトの人々が建設しました。

この場所に集落を作った理由は、塩。

アイト・ベン・ハッドゥの集落の横を流れる川は、
「塩の川」と呼ばれています。
この川の上流に岩塩の源があるので、川の水はしょっぱいのです。

そのため、この集落に住んでいた人々はこの川の水を飲み水に使えず、
集落から遠く離れた井戸まで飲み水を汲みに行っていました。

モロッコ、アイトベンハッドゥの川

その昔、まだ現在のように国境にって国々が分割される前、
サハラ砂漠以南の地域と地中海とを結ぶ交易がありました。

輸送手段はラクダ。
ラクダの隊商が長い長い道のりを行き来していたのです。

サハラ以南の地域から金が運ばれ、その金は塩と交換されていました。
かつて塩は、それほど高い価値を持っていたのです。

アイト・ベン・ハッドゥの集落は、その交易の中継地として栄えました。

アイト・ベン・ハッドゥの集落のなか

アイト・ベン・ハッドゥの集落のなかは自由に散策することができます。
静かな集落にはお土産物屋さんが何軒か並びます。
現在もこの集落に住むのは数世帯のみ。

かつてここに住んでいた世帯は、
1956年以降に川の対岸にできた新しい集落に住んでいます。

モロッコの他の都市や町にも見られるように、
このアイト・ベン・ハッドゥにもユダヤ教徒の会堂であるシナゴーグがありました。

イスラム教徒の礼拝堂であるモスクと、ユダヤ教徒の会堂であるシナゴーグが
壁一枚隔てた隣同士で共存していました。

ユダヤ人がかつてここに住んでいた理由こそが塩金交易。
彼らはここに住み、ベルベルの民に商売の手ほどきをしたと言われます。

しかし、シオニズム運動によって、一度ここを離れたユダヤ人は
再びこの地に戻ることはありませんでした。

なぜなら世界を股にかけた戦争の後、国境という人工的な境界線ができたため
隊商交易自体が絶えてしまったためです。

こうしてかつて栄華を誇った集落は、ひとつの役目を終え、
今は商売人ではなくて世界から訪れる旅人が、この集落を散策しています。

モロッコ、アイトベンハッドゥの集落

アイト・ベン・ハッドゥへのアクセス

モロッコ、エッサウィラのスカラマラケシュのDar Miraiを拠点にモロッコならではのローカル体験

モロッコ、マラケシュのkitanモロッコの伝統手芸と洋服のマリアージュkitan(キタン)

プロフィール


岩間ひかる

2002年にはじめて訪れてから
モロッコとモロッコ旅にどハマりして15年。
2014年から念願だったモロッコへの移住。


モロッコで出産した娘と息子、愛猫も加わり
スローライフを満喫。


●モロッコ現地のプライベートツアーHikali Safari
●マラケシュのゲストハウスDar Mirai
●サハラのグランピング Jardin Kotori
●個人的なメディア hikaruiwama.com


を運営しながら、
モロッコの魅力をウェブとリアルで発信中。

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